FOOTBALL & More / Archives 2010.3

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久しぶりに皇居を走ってきました。 
大阪勤務の時は、東京出張時に飯田橋近くのホテルから早朝に九段下から武道館、北の丸公園を通って1周を約50分で走っていました。 東京勤務になって5-6年前から、ちょくちょく夕方に皇居ランしていますが、ここ2年ほどランナーが増え、混雑して走り辛くなっていました。東京マラソンを契機に女性ランナーや若い男性も増え、グループで走る人が目立つ用になりましたが、道幅いっぱいに横並びで走る人たちがいたり、当然スピードレベルが違うこと、且つ一方通行ではなく、自転車も通るので、ぶつかりそうで、随分危ないと感じていたのも事実です。前のように、マイペースで気持ちよく走れないので、最近は皇居ランをしないことにしてました。先日、ノー残業ディの水曜日に久しぶりに来たのは、東京マラソンも終わり、どんな様子か混み具合を見たかったからです。
私の皇居ランの時の拠点は、以前仲間に教えてもらった四ツ谷の塩湯という銭湯です。着替えて荷物を預けて、いざスタート。四ツ谷駅前、麹町を通って半蔵門を目指します。皇居側へ信号が赤のことが多く、今回も国立劇場の前を通り霞が関へ。ここの信号を渡って、お堀に沿って桜田門までの下りは快適です。徐々に丸の内のビル群の灯りが見えてきて、とてもきれいです。ナイトランならではの光景です。 
今回は余り混雑なく、マイペースでゆとりを持って走れました。時おり、コーチが付いて二列に並んでゆっくりペースで走る女性グループがいて、仕事柄ウェアのコーディネートをチェックしてしまいます。彼女達のボトムスは、スパッツにスカート姿が主流のようですが、ただ短すぎのスカートはいただけない。ルコックのスカートスタイルなら、後ろ姿のバランスが良く、美しいのでお奨めしたいものです(笑)バルーンスカートもユニークでお奨めです。
半蔵門の交番横の公園では、これから走り始めるグループの準備運動や、走り終わったランナー達のクールダウン、ストレッチする人たちで一杯でした。気持ちよく、27-28分で1周できたので、もう1周、久しぶりに2周して、四ツ谷に帰りました。銭湯で、一風呂浴びて、着替えて、さぁ仲間とビールを一杯! ランナーにとって至福の一時と言えます。
*お湯は熱いので、要注意! 私はお湯と水風呂を交互に2-3回入ります。

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今から20年以上も前、88年9月のことです。職場の仲間5-6人で自然発生的に会社の近くを走り始めました。距離は約5キロ、できるだけ週2回。 
会社に入って10年余りが経ち、お腹もぽっちゃり、運動不足の日々、チョットいい汗流して一杯飲もうと言うのがそもそもの動機でした。その内に、仲間の一人が「せっかくやからマラソン走ってみる?」という問いかけに、思わず観光気分で、その年の12月に沖縄のNAHAマラソンに出たのが初レース。
いきなりのフルマラソン。さすがに11月になると焦って10キロほどは何度か走ったけど、練習不足は否めません。さて当日、1万人以上の参加者に圧倒されながら号砲から3-4分してスタート。平和祈念公園20キロまでは快調に飛ばし、その勢いで25キロまで。糸満市に入り、沿道の応援が目立って増えた30キロ手前で辛くて屈伸をしてみるとバキッ…もう足が動かなくなり、止まってしまいました。さて、どうする? 膝も曲がらず棒のようになった足を引きずって、一歩一歩前に進むしかありません。沿道の応援の人たちから黒糖やチョコレートなどを貰って、自分を誤魔化しながら、なんとか完走を目指しました。40キロ手前の上り坂はきつかったですが、もう少し、もう少しと思うと元気が出て、足を引きずりながらも走り出すことが出来ました。そして感動のゴール。30キロで先行した仲間に40キロ辺りで追いつき(仲間が遅れてきて)、その後はお互いに励ましながら、一緒にゴール。その夜は二人で沖縄の夜を満喫しつつ祝杯をと考えていましたが、体のダメージがひどく、食事をしてバタンキュー。
翌日は予定通り、レンタカーを借り、各地を観光しましたが、体はパキンパキンの全身筋肉痛!階段はなんとか上れても、下りるのは恥ずかしながら後ろ向きに…。懐かしい初マラソンの思い出です。
翌89年3月にサブフォーを目指して、篠山マラソンにチャレンジ。この時も前半は快調に飛ばし、3時間台前半の記録が期待されましたが、30キロ過ぎに失速し、気温の上昇と共に、フラフラと走っているのか歩いているのか分らないような状態になり、最後は歯を食いしばってゴール。結果は3時間44分ぐらいでした。ともかくサブフォー達成。この時の記録が今までのベスト記録です。その後は、達成感からか、レース参加はしばらくお休み。日常的に走り出すのは94年からでした。

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今年も東京マラソンの熱気はすごかったですね。昨年、ラッキーにも当選し、目標のサブフォーで完走できたので、今年はボランティアとしてランナーをサポートする立場で大会に参加。 40キロ地点、東雲付近、コース最後の給水所でアミノ飲料をランナーに提供しました。朝の9時に集合し、テーブルやドリンクの準備をしてランナーを迎える。トップランナーは11時過ぎに通過し、最後のランナーは4時前まで。当日は冷たい雨。もちろん傘無しでトラックから荷物を下ろし、それぞれの場所で机を並べセッティングを開始する。まずは備品から軍手と薄いビニールの手袋を重ねてはめる。2リットルのボトルからアミノ飲料を紙コップに注ぎ、テーブルに並べる。ビッシリ一段並べ終わると段ボール板を紙コップの上に重ね、二段に並べる。マニュアルでは三段に積むことになっているが、二段にして雨の入らないように段ボール板でフタをし、飛ばないようにボトルを横にして載せる。これで準備完了。ランナーがテーブル付近で落とす紙コップの回収用に熊手や竹箒も用意し、後はランナーを待つばかり。早く雨が止んで欲しい。防寒対策はルコックの軽量ダウンとウインドパンツでしっかりしたが、靴は既にビチャビチャでどうしようもない。足元から冷えて動かずにいられない。その場で足踏み、駆け足をする。周りのみんなも同じようにその場駆け足中。ランナーの来る前にコンビニでおにぎりを食べ、暖かいコーヒーを飲み、少しの間、暖をとる。急いでトイレもすまし雨の中、テーブルへ。11時15分頃、9人のトップ集団が通過し、その後早いランナーが続々走ってくる。ボランティア全員が大声をあげ応援する。早いランナーは余り給水をしない、後2キロなら飲まずにゴールまで走り切るようだ。ただ時折フラフラしながら今にも倒れそうなランナーもいる。寒さのせいで筋肉が痙攣してバランスが取れないようだ。AEDを持った自転車が一緒に併走してすぐに救護対応出来るようにしている。雨がみぞれに変わり一段と寒さが厳しくなり鼻水が出てくる。12時前にタレントの猫ひろしさんが通過。サブスリーは達成しそう。3時間を過ぎるとランナーが増えてくる。1時になると雨も小降りになり、2時ごろから晴れ間が覘く。スタート5時間ほど経つと殆どのランナーが給水する。不思議な物で、まず混み合う最初のテーブルにランナーが殺到する。後ろのテーブルだと空いているのに・・・。第1テーブルはアミノ飲料も無くなり、撤収。 次は第2テーブル、続いて我が第3テーブルも大忙しで、紙コップへの給水が追いつかなくなる。3時半ごろアミノ飲料が無くなり、撤収。後はあと片付けをし、ランナーの応援に専念する。準備から、最初のランナーを迎えるまでは長かったが、その後は応援と給水でアッという間だった。3万人を超えるランナーの熱い挑戦をサポートすることができ、ボランティアもその熱気をもらって、寒さの中でも元気に1日を乗り切ることができた。本当に東京が一つになる楽しい一日、ランニングデーでした。
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私は現在ルコックで名古屋グランパスなどの販促を担当している者で、今年から“ルコックとサッカー”をテーマにしたブログを寄稿することになりました。

私自身、中学、高校、大学とサッカーをやっていまして、ポジションはウィング(FW)、愛するプレイヤーは“ジョージ・ベスト!”(6年前にオールドトラフォード内のマンUミュージアムを訪れ念願のG・ベストコーナーを見て感動)。これで私の年代が大体わかりますよね。ですからこのブログも多少懐古的な内容になるかもしれませんが、ルコックファン、サッカーファンの方に気楽にお付き合い頂ければと思います。

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