FOOTBALL & More

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今回は走り始めたキッカケの続編です。
91年からAブランドの広告販促を担当するようになり、94年からランニング分野の強化策として、大会の協賛をし、ランニングの現場でブランド、商品のアピールをすることになりました。選んだ大会はサロマ湖、四万十川のウルトラマラソンです。100キロを走るほどのランナーに認められ、着用してもらえれば、影響力が大きく、一般ランナーまで訴求効果は大きいと考えたからです。そこで、ランナーと対話をする時に、販促するためには自分が実際に着用して走ってみる、そしてコースも体験してみる、そうしないとランナー目線で語れないと思ったからです。
初めて走ったサロマ湖の100キロは悲惨でした。もちろん、せいぜい月間走行距離が100キロ程度の自分が一日に100キロを走るのですから無謀な企てと言えるでしょう。それでも何とか74キロ地点のリゾートホテルまで辿り着き、大会名物の”おしるこ”をお替りして、足が限界に近く、リタイヤしようとしました。が、大会関係者の方から、「制限時間まで十分余裕があるから、80キロまで行ってみて、ワッカの原生花園に入れば、ほとんどの人が完走できる」と勧められ、つい行けそうな気になって、足を引きずりながら(精神力で)無理して最後まで走りきりました。行けども行けども見えない90キロの折り返し点までが一番苦しかったです。オホーツクからの風は段々と寒く、体温を奪っていきます。最後に常呂町の運動公園のゴールが見えた時、自然と涙が滲んできました。記録は12時間38分でした。
翌日、関西空港から家の近くの整形外科に直行。足首が腫れてゾウの足のようになっていて、痛み止めやシップ薬をもらい、1週間ぐらいはサンダル着用で、社内でもソロソロと歩いていました。その後、フルマラソン~ウルトラマラソン用に日本人の足型に合わせて開発された「シマント」シューズは年々着用シェアが向上し、大成功を収めることが出来ました。
仕事の関係で再度走り始めた訳ですが、そのお陰で、私も100キロのウルトラマラソンを今まで10数回完走することができ、今も元気で楽しく走り続けています。走ることで社内外にランニング仲間も広がり、近年は24時間リレーマラソンや色んな大会で知り合いに会ったり、おもわぬ出会いを楽しんでいます。

フットボール村野さんアイコン

私は現在ルコックで名古屋グランパスなどの販促を担当している者で、今年から“ルコックとサッカー”をテーマにしたブログを寄稿することになりました。

私自身、中学、高校、大学とサッカーをやっていまして、ポジションはウィング(FW)、愛するプレイヤーは“ジョージ・ベスト!”(6年前にオールドトラフォード内のマンUミュージアムを訪れ念願のG・ベストコーナーを見て感動)。これで私の年代が大体わかりますよね。ですからこのブログも多少懐古的な内容になるかもしれませんが、ルコックファン、サッカーファンの方に気楽にお付き合い頂ければと思います。

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