FOOTBALL & More

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今から20年以上も前、88年9月のことです。職場の仲間5-6人で自然発生的に会社の近くを走り始めました。距離は約5キロ、できるだけ週2回。 
会社に入って10年余りが経ち、お腹もぽっちゃり、運動不足の日々、チョットいい汗流して一杯飲もうと言うのがそもそもの動機でした。その内に、仲間の一人が「せっかくやからマラソン走ってみる?」という問いかけに、思わず観光気分で、その年の12月に沖縄のNAHAマラソンに出たのが初レース。
いきなりのフルマラソン。さすがに11月になると焦って10キロほどは何度か走ったけど、練習不足は否めません。さて当日、1万人以上の参加者に圧倒されながら号砲から3-4分してスタート。平和祈念公園20キロまでは快調に飛ばし、その勢いで25キロまで。糸満市に入り、沿道の応援が目立って増えた30キロ手前で辛くて屈伸をしてみるとバキッ…もう足が動かなくなり、止まってしまいました。さて、どうする? 膝も曲がらず棒のようになった足を引きずって、一歩一歩前に進むしかありません。沿道の応援の人たちから黒糖やチョコレートなどを貰って、自分を誤魔化しながら、なんとか完走を目指しました。40キロ手前の上り坂はきつかったですが、もう少し、もう少しと思うと元気が出て、足を引きずりながらも走り出すことが出来ました。そして感動のゴール。30キロで先行した仲間に40キロ辺りで追いつき(仲間が遅れてきて)、その後はお互いに励ましながら、一緒にゴール。その夜は二人で沖縄の夜を満喫しつつ祝杯をと考えていましたが、体のダメージがひどく、食事をしてバタンキュー。
翌日は予定通り、レンタカーを借り、各地を観光しましたが、体はパキンパキンの全身筋肉痛!階段はなんとか上れても、下りるのは恥ずかしながら後ろ向きに…。懐かしい初マラソンの思い出です。
翌89年3月にサブフォーを目指して、篠山マラソンにチャレンジ。この時も前半は快調に飛ばし、3時間台前半の記録が期待されましたが、30キロ過ぎに失速し、気温の上昇と共に、フラフラと走っているのか歩いているのか分らないような状態になり、最後は歯を食いしばってゴール。結果は3時間44分ぐらいでした。ともかくサブフォー達成。この時の記録が今までのベスト記録です。その後は、達成感からか、レース参加はしばらくお休み。日常的に走り出すのは94年からでした。

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私は現在ルコックで名古屋グランパスなどの販促を担当している者で、今年から“ルコックとサッカー”をテーマにしたブログを寄稿することになりました。

私自身、中学、高校、大学とサッカーをやっていまして、ポジションはウィング(FW)、愛するプレイヤーは“ジョージ・ベスト!”(6年前にオールドトラフォード内のマンUミュージアムを訪れ念願のG・ベストコーナーを見て感動)。これで私の年代が大体わかりますよね。ですからこのブログも多少懐古的な内容になるかもしれませんが、ルコックファン、サッカーファンの方に気楽にお付き合い頂ければと思います。

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