FOOTBALL & More

RUNNING #13

100719_1103~0001連休中の一日、暑さを覚悟で朝10時過ぎからランニング。運河沿いに出ると遮るものもない炎天下。私は片手に氷を詰め込んだスポーツドリンク入りペットボトルを持ってマイペースで走る。暑い日は無理して頑張り過ぎないことが大事。いつものように、利根川近くの水門で折り返し(約5キロ)、東屋に入ってストレッチをし、水分補給。(もうすっかり氷が溶けていました。)ここから運河対岸を逆戻りする。この日はロードバイクでサイクリングする人が多い。連休で遠乗りするんでしょうね…(笑)以前お話した方は土浦まで美味いウナギを食べに行くと言ってましたね。それを聞いて、ランニングとサイクリングの距離感の違いを感じたものです。
さて、ランニングに戻ります。この運河沿いには距離表示が0.5キロ毎にあり、簡単に走るペースを知ることが出来ます。この日は始めキロ7分で走り出し、途中から6分程度に上げましたが、再度ペースダウンし、涼を求め森の中へ。少しアップダウンのあるトレイルコース(一周約1キロ)を3周し、運河沿いへ。
久しぶりに森の中へ入ったので新しい発見もありました。梅林近くの蓮池の蓮が大きくなって花も一面に。そして新しいカルガモ親子を見つけました。まだ生まれたところのようで10羽ほどの赤ちゃんガモが母ガモに糸で引っ張られるかのように陸上から蓮の葉の間に逃げて行きました。そして梅雨明け後の夏の花と言えばひまわりですね。カンカン照りの太陽が一番似合います。100719_1106~0002その後、運河水辺公園の自販機でアミノバリューを飲み、古墳の森でクールダウンのストレッチをしてから自宅へ。約2時間、17~18キロのランニングでした。

00030001最近は結構蒸し暑くなってきたので、ランニング時間は短めに切り上げることをお薦めします。走る時間も比較的涼しい朝の内か、夕方がいいですね。そして、走る前に水分補給をし、途中でも水分補給が出来る用に、ペットボトルのスポーツドリンクや水を持って走るようにします。 自販機のある場所も頭の中に入れておくといいですね。

さて、前回取り上げたカルガモ親子の近況です。この前の写真は5月末に撮ったものでしたが、ちょうど一ヶ月経ってこんなにも大きく成長しました。でも最初12羽いた赤ちゃんガモは、結局4羽になってしまいました。猫やイタチ、カラスなどに狙われたようです。 自然環境の中で生き抜くことの厳しさを窺い知ることできます。0002

走っている途中に目立つ花と言えば紫陽花です。利根運河沿いにも多く見られますし、カルガモのいる池の近くにも咲いています。色んな種類や違う色の花があり、変化していくのが楽しいですね。

そろそろ秋のマラソン大会の申込み受付が増えてきました。最近はマラソン人気で受付開始数日でアッという間に定員に達して締め切りということも多く、ランナーズやネットでコマ目に大会情報をチェックする必要があります。

私のメインレース10月の『四万十川ウルトラマラソン』も受付が始まりました。申込みをしましたので、抽選結果が楽しみです。

今週27日(日)には『サロマ湖ウルトラマラソン』が開催されます。私も3回100キロを走りましたが、暑かったり寒かったり、気候条件が一日の中で巡るましく変るのでとても厳しかったです。サロマ湖とオホーツク海を左右に見て走る80-100キロ(90キロ折り返し)のワッカ原生花園はひたすら苦しく、且つ美しく、思い出に残る大会です。今回は会社の走友会のメンバーが参加してますので、当日の気候とレース結果が気になるところです。

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海外から戻って、いつものホームコース、江戸川と利根川を結ぶ”利根運河”を走っています。6月に入り、週末の暑い日は夕方の5時ごろから約15キロほど。途中から、寄り道をしてトレイルコースと見紛う自然公園に入り、多少のアップダウンのある道を行ったり来たりして距離を稼ぎます。 夏でも森の中で、日陰で涼しいので、これからはここを走ることが増えそうです。

自然に恵まれたコースで、最近は近くの池にカルガモの親子がおり、いつも見るのが楽しみです。最初は12羽いた赤ちゃんガモが気が付けば、少しずつ減り、今は8羽に。カラスに襲われたり、自然の中で生き抜くのは大変厳しいということですね。頑張れ! 母ガモ! 母ガモに付いて隠れるかのように一緒に泳ぐ子ガモの姿は微笑ましく、本当に可愛いですよ。

この運河沿いのコース、休みの日にはロードバイクが増えており、女性サイクリストも増えてきています。結構なスピードで走行する方もいて、少し危ないと感じることもあります。普通に近隣の方の散歩コースにもなっており、犬の散歩中の方も多く、子供も遊んだりしていますので、バイクの方には、しっかりと前方注意をして、安全なスピードで走行をお願いしたいところです。もちろん、近づくとスピードを落とし、”左を通ります!”と声がけをしてくれるマナーの良いサイクリストも多いです。
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そろそろ、アジサイの花が咲き始めています。

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パリからアムステルダムに着きました。ここは聞きしに勝る自転車の街です。車道、歩道、自転車道が完全に分離していて、自転車が我が物顔で走り回っています(笑)運河が張り巡らされたこの街では、一番便利で環境にも健康にも良い乗り物なのです。
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さて、アムステルダムで初めての朝ランですが、ホテルから海(港)方面に向かい、橋を渡って反対側から街を眺めると美しい光景が広がります。アムステルダム中央駅近くの地下道をくぐり抜け鉄道に沿い東へ。私は歩道を走っていますが、横の自転車道では中央駅に向かう多くの人達がかなりのスピードで急いで行きます。しばらく線路沿いを走り、ガード下を抜け再び街中へ。アムス運河沿いからレンブラント広場やムンク塔、街の中心ダム広場を経てホテルまで。今回は初めての街でしたが、地図を片手に道に迷わず約10キロを一時間で走りました。海あり、川あり、公園あり、名所ありのナイスランでした(笑)走路はレンガ敷きの歩道なので、脚や腰に少し堪えました。
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また、道路の横断時はもちろん車に注意ですが、自転車にも要注意です。左見て右見て、走りましょう(笑)案外、自転車にぶつかりそうになりますのでご用心!

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海外出張でパリに来ています。出張の時には忘れずにランニングウェアとシューズを持っていきます。時差ボケ解消には朝のランニングが一番。特にヨーロッパ到着の翌朝のランニングは効果抜群です。身体もシャキッとするし、自分の足でその街を知ることができ、いわゆる土地勘ができ、色々と便利です。
今回はオペラ近くのホテルからルーブル美術館とコンコルド広場の間に渡るチュイルリー公園とセーヌ河沿いを走りました。いい天気で朝の明るい光の中、新緑が美しい公園に次々とランナーが集まってきます。チュイルリー公園からはコンコルド広場と凱旋門が一直線に望め、またエッフェル塔を望むことができ、代表的なお勧めランニングスポットです。
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次回は次の訪問地のアムステルダムからです。お楽しみに~

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昨日(2月7日)、守谷ハーフマラソンを走ってきました。快晴でしたが強風で、風がある分かなり寒い
レースとなりました。守谷市役所(茨城県)がスタート、ゴールで3カ所の折り返し点のあるコース。
多少のアップダウンがありましたが、比較的単調なコース。地元の方の沿道応援は多く、
私も15キロぐらいの肉体的にしんどいところで頂いたチョコレートでエネルギー補給ができ、
ラスト5キロを走る元気がでました。
この大会は流山の我が家から約40分で大会会場に着くので、とても便利。
つくばエクスプレスの守谷駅前から無料ピストンバス約10分で大会会場の守谷市役所へ。市役所内は
ランナーに開放され超満員、着替える人、ストレッチを始める人、ただ本を読み時間を過ごす人、
チームで歓談する人…様々。外は寒いので、ウォームアップまで、市役所内で過ごすランナーが
多いんです。数年前から参加者が倍増(今年は6千人)した為に人が溢れて、動くのが大変です。
受付ではスーパーバームが支給され、ゴール後はジュースに焼きそば、みそ汁の無料サービス。
ランナーに優しい大会です。
二年前には、大会当日がちょうど誕生日で、特別賞として地元産のイチゴを貰ったこともあります。
その他にも遠来賞とか、飛び賞とか諸々ありました。
さて、肝心のレースは、向かい風がきつく、寒さに悩まされました。何故か
追い風期間は短く、向かい風ばかりが気にかかったのは私だけでしょうか。
それでも、昨日はほぼイーブンペースでいつもより気持ちよく走れました。
私のネットタイムは1時間49分56秒。目標の1時間50分をギリギリ切れて、まずは満足。
本当に良かったです!
次回からは、私が走り出したきっかけや、日頃のランニングコースの紹介や、今まで走った大会の模様、
またランニングだけでなく、その他のスポーツのことなど、色々書いていきたいなと思います。
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皆さん、こんにちは。
2010年、サッカー界の注目は何と言って南アフリカで開催されるW杯ですね。そこで、ブログVol.2は私の体験に基づいてルコックとW杯の関係の話をしたいと思います。
ルコックが日本のサッカーマーケットで認知をされるきっかけとなったのは、間違いなく1986年メキシコ大会でアルゼンチン代表がルコックのゲームシャツを着て優勝をした時で、あの優勝がなかったら今の日本市場にルコックは存在しなかったかもというくらい大きな出来事でした。
実は、その前の1982年スペイン大会で優勝したイタリア代表のウエアもルコックでしたが、当時のアズーリはゲームシャツにブランドマークを付ける習慣がなく、入場の際に着るセレモニージャージにルコックマークが付いていた程度でしたので、イタリアがルコックを着ていたことを知らない方も多いのでは・・・。
でも、地中海ブルーにトリコロールの衿が付いたこの1982年型ユニホームはシンプルなデザインながらもお洒落で、個人的に今でも大好きでまた復活して欲しいモデルのひとつです。
1986年当時、私はまだ駆け出しの営業マンでしたが、W杯の最中は朝から晩までアルゼンチン代表のユニホームの問い合わせに追われ、生産が間に合わずしょっちゅう小売店さんから怒られていたのを思い出します。当時のアルゼンチン型ユニホームの品番は確かHOMEシャツはQS-0437、AWAYシャツはQS-0402!四半世紀経った今でも覚えているほどアルゼンチンモデルは良く売れました。(この品番を覚えてるアラ50、アラ60のサッカーショップの方も多いはず。)
ところで、この大会はアルゼンチンの他に無敵艦隊スペイン代表と南米の古豪ウルグアイ代表がルコックを着てましたが、今やヨーロッパチャンピオンで人気の高いスペイン代表のレプリカが当時は全然売れなくて在庫処分に困ったことを記憶しています。
残念ながら今は、アルゼンチン、スペイン、ウルグアイともに他ブランドと契約していて、南アフリカ大会でルコックを着る代表チームはありませんが、“アルゼンチン=マラドーナ=ルコック”の強烈な印象を持っているサッカーファンは今も多いと思います。これからも私たちは、その輝かしい歴史を継承しながら、ルコックサッカーのヘリテージを今に伝えていきたいと思っています。
最後に2010年春夏コレクションでは、ルコックと馴染みの深い国々のイメージをモチーフにしたサッカー
ライフスタイルウエア“SPORTS HERITAGE”をラインアップしています。サッカーの応援はもちろん、
普段使用にも対応してくれるお洒落なウエアなので、是非お求め下さいね!
“SPORTS HERITAGE”は、3月から発売開始です。では今回はこれまで。
See You Next Time!

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今年も東京マラソンの熱気はすごかったですね。昨年、ラッキーにも当選し、目標のサブフォーで完走できたので、今年はボランティアとしてランナーをサポートする立場で大会に参加。 40キロ地点、東雲付近、コース最後の給水所でアミノ飲料をランナーに提供しました。朝の9時に集合し、テーブルやドリンクの準備をしてランナーを迎える。トップランナーは11時過ぎに通過し、最後のランナーは4時前まで。当日は冷たい雨。もちろん傘無しでトラックから荷物を下ろし、それぞれの場所で机を並べセッティングを開始する。まずは備品から軍手と薄いビニールの手袋を重ねてはめる。2リットルのボトルからアミノ飲料を紙コップに注ぎ、テーブルに並べる。ビッシリ一段並べ終わると段ボール板を紙コップの上に重ね、二段に並べる。マニュアルでは三段に積むことになっているが、二段にして雨の入らないように段ボール板でフタをし、飛ばないようにボトルを横にして載せる。これで準備完了。ランナーがテーブル付近で落とす紙コップの回収用に熊手や竹箒も用意し、後はランナーを待つばかり。早く雨が止んで欲しい。防寒対策はルコックの軽量ダウンとウインドパンツでしっかりしたが、靴は既にビチャビチャでどうしようもない。足元から冷えて動かずにいられない。その場で足踏み、駆け足をする。周りのみんなも同じようにその場駆け足中。ランナーの来る前にコンビニでおにぎりを食べ、暖かいコーヒーを飲み、少しの間、暖をとる。急いでトイレもすまし雨の中、テーブルへ。11時15分頃、9人のトップ集団が通過し、その後早いランナーが続々走ってくる。ボランティア全員が大声をあげ応援する。早いランナーは余り給水をしない、後2キロなら飲まずにゴールまで走り切るようだ。ただ時折フラフラしながら今にも倒れそうなランナーもいる。寒さのせいで筋肉が痙攣してバランスが取れないようだ。AEDを持った自転車が一緒に併走してすぐに救護対応出来るようにしている。雨がみぞれに変わり一段と寒さが厳しくなり鼻水が出てくる。12時前にタレントの猫ひろしさんが通過。サブスリーは達成しそう。3時間を過ぎるとランナーが増えてくる。1時になると雨も小降りになり、2時ごろから晴れ間が覘く。スタート5時間ほど経つと殆どのランナーが給水する。不思議な物で、まず混み合う最初のテーブルにランナーが殺到する。後ろのテーブルだと空いているのに・・・。第1テーブルはアミノ飲料も無くなり、撤収。 次は第2テーブル、続いて我が第3テーブルも大忙しで、紙コップへの給水が追いつかなくなる。3時半ごろアミノ飲料が無くなり、撤収。後はあと片付けをし、ランナーの応援に専念する。準備から、最初のランナーを迎えるまでは長かったが、その後は応援と給水でアッという間だった。3万人を超えるランナーの熱い挑戦をサポートすることができ、ボランティアもその熱気をもらって、寒さの中でも元気に1日を乗り切ることができた。本当に東京が一つになる楽しい一日、ランニングデーでした。
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今から20年以上も前、88年9月のことです。職場の仲間5-6人で自然発生的に会社の近くを走り始めました。距離は約5キロ、できるだけ週2回。 
会社に入って10年余りが経ち、お腹もぽっちゃり、運動不足の日々、チョットいい汗流して一杯飲もうと言うのがそもそもの動機でした。その内に、仲間の一人が「せっかくやからマラソン走ってみる?」という問いかけに、思わず観光気分で、その年の12月に沖縄のNAHAマラソンに出たのが初レース。
いきなりのフルマラソン。さすがに11月になると焦って10キロほどは何度か走ったけど、練習不足は否めません。さて当日、1万人以上の参加者に圧倒されながら号砲から3-4分してスタート。平和祈念公園20キロまでは快調に飛ばし、その勢いで25キロまで。糸満市に入り、沿道の応援が目立って増えた30キロ手前で辛くて屈伸をしてみるとバキッ…もう足が動かなくなり、止まってしまいました。さて、どうする? 膝も曲がらず棒のようになった足を引きずって、一歩一歩前に進むしかありません。沿道の応援の人たちから黒糖やチョコレートなどを貰って、自分を誤魔化しながら、なんとか完走を目指しました。40キロ手前の上り坂はきつかったですが、もう少し、もう少しと思うと元気が出て、足を引きずりながらも走り出すことが出来ました。そして感動のゴール。30キロで先行した仲間に40キロ辺りで追いつき(仲間が遅れてきて)、その後はお互いに励ましながら、一緒にゴール。その夜は二人で沖縄の夜を満喫しつつ祝杯をと考えていましたが、体のダメージがひどく、食事をしてバタンキュー。
翌日は予定通り、レンタカーを借り、各地を観光しましたが、体はパキンパキンの全身筋肉痛!階段はなんとか上れても、下りるのは恥ずかしながら後ろ向きに…。懐かしい初マラソンの思い出です。
翌89年3月にサブフォーを目指して、篠山マラソンにチャレンジ。この時も前半は快調に飛ばし、3時間台前半の記録が期待されましたが、30キロ過ぎに失速し、気温の上昇と共に、フラフラと走っているのか歩いているのか分らないような状態になり、最後は歯を食いしばってゴール。結果は3時間44分ぐらいでした。ともかくサブフォー達成。この時の記録が今までのベスト記録です。その後は、達成感からか、レース参加はしばらくお休み。日常的に走り出すのは94年からでした。

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久しぶりに皇居を走ってきました。 
大阪勤務の時は、東京出張時に飯田橋近くのホテルから早朝に九段下から武道館、北の丸公園を通って1周を約50分で走っていました。 東京勤務になって5-6年前から、ちょくちょく夕方に皇居ランしていますが、ここ2年ほどランナーが増え、混雑して走り辛くなっていました。東京マラソンを契機に女性ランナーや若い男性も増え、グループで走る人が目立つ用になりましたが、道幅いっぱいに横並びで走る人たちがいたり、当然スピードレベルが違うこと、且つ一方通行ではなく、自転車も通るので、ぶつかりそうで、随分危ないと感じていたのも事実です。前のように、マイペースで気持ちよく走れないので、最近は皇居ランをしないことにしてました。先日、ノー残業ディの水曜日に久しぶりに来たのは、東京マラソンも終わり、どんな様子か混み具合を見たかったからです。
私の皇居ランの時の拠点は、以前仲間に教えてもらった四ツ谷の塩湯という銭湯です。着替えて荷物を預けて、いざスタート。四ツ谷駅前、麹町を通って半蔵門を目指します。皇居側へ信号が赤のことが多く、今回も国立劇場の前を通り霞が関へ。ここの信号を渡って、お堀に沿って桜田門までの下りは快適です。徐々に丸の内のビル群の灯りが見えてきて、とてもきれいです。ナイトランならではの光景です。 
今回は余り混雑なく、マイペースでゆとりを持って走れました。時おり、コーチが付いて二列に並んでゆっくりペースで走る女性グループがいて、仕事柄ウェアのコーディネートをチェックしてしまいます。彼女達のボトムスは、スパッツにスカート姿が主流のようですが、ただ短すぎのスカートはいただけない。ルコックのスカートスタイルなら、後ろ姿のバランスが良く、美しいのでお奨めしたいものです(笑)バルーンスカートもユニークでお奨めです。
半蔵門の交番横の公園では、これから走り始めるグループの準備運動や、走り終わったランナー達のクールダウン、ストレッチする人たちで一杯でした。気持ちよく、27-28分で1周できたので、もう1周、久しぶりに2周して、四ツ谷に帰りました。銭湯で、一風呂浴びて、着替えて、さぁ仲間とビールを一杯! ランナーにとって至福の一時と言えます。
*お湯は熱いので、要注意! 私はお湯と水風呂を交互に2-3回入ります。

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今回は走り始めたキッカケの続編です。
91年からAブランドの広告販促を担当するようになり、94年からランニング分野の強化策として、大会の協賛をし、ランニングの現場でブランド、商品のアピールをすることになりました。選んだ大会はサロマ湖、四万十川のウルトラマラソンです。100キロを走るほどのランナーに認められ、着用してもらえれば、影響力が大きく、一般ランナーまで訴求効果は大きいと考えたからです。そこで、ランナーと対話をする時に、販促するためには自分が実際に着用して走ってみる、そしてコースも体験してみる、そうしないとランナー目線で語れないと思ったからです。
初めて走ったサロマ湖の100キロは悲惨でした。もちろん、せいぜい月間走行距離が100キロ程度の自分が一日に100キロを走るのですから無謀な企てと言えるでしょう。それでも何とか74キロ地点のリゾートホテルまで辿り着き、大会名物の”おしるこ”をお替りして、足が限界に近く、リタイヤしようとしました。が、大会関係者の方から、「制限時間まで十分余裕があるから、80キロまで行ってみて、ワッカの原生花園に入れば、ほとんどの人が完走できる」と勧められ、つい行けそうな気になって、足を引きずりながら(精神力で)無理して最後まで走りきりました。行けども行けども見えない90キロの折り返し点までが一番苦しかったです。オホーツクからの風は段々と寒く、体温を奪っていきます。最後に常呂町の運動公園のゴールが見えた時、自然と涙が滲んできました。記録は12時間38分でした。
翌日、関西空港から家の近くの整形外科に直行。足首が腫れてゾウの足のようになっていて、痛み止めやシップ薬をもらい、1週間ぐらいはサンダル着用で、社内でもソロソロと歩いていました。その後、フルマラソン~ウルトラマラソン用に日本人の足型に合わせて開発された「シマント」シューズは年々着用シェアが向上し、大成功を収めることが出来ました。
仕事の関係で再度走り始めた訳ですが、そのお陰で、私も100キロのウルトラマラソンを今まで10数回完走することができ、今も元気で楽しく走り続けています。走ることで社内外にランニング仲間も広がり、近年は24時間リレーマラソンや色んな大会で知り合いに会ったり、おもわぬ出会いを楽しんでいます。

2月も半ばを過ぎると、走っていて何処からかフワッと薫りを感じることがありませんか? まだまだ冬の気配の中、ほのかな香りに誘われて周りを見渡すと梅の花が咲いている。それから沈丁花の甘い香りも街角から流れてくる。
3月の中旬にはモクレンも咲き出し、やはりちょっと甘い匂いが漂ってきます。まさに、春の息吹を感じる薫風ランニングといえます。 
そしてお彼岸を過ぎると桜。暖かくなったり、一転して寒くなったり、今か今かと開花を待ちわび、今年は2週間ほど楽しませてもらいました。先日の日曜日は桜吹雪の中のランニング。
気持ちのいい春を感じるランニング、心弾む季節ですね…(笑)

桜並木

桜並木

写真は私のホームコースの江戸川と利根川を結ぶ運河沿いの桜並木です。東武野田線横の水辺公園では露店も出て、夜桜のライティングは幻想的な雰囲気を醸し出していました。この時期、花見ランをした柏の葉公園の桜も見事で多くの人で賑わっていました。
ところで皆さんの次のレースのご予定は?
私はGWに春日部の大凧マラソン(ハーフ)に初参加の予定です。

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オックスファム・トレイルウォーカーは、4人1組のチームで48時間以内に100kmの完歩を目指す世界的なウォーキングイベントです。自分達の体力に挑戦すると共に、参加をきっかけに寄付金を集めて(ファンドレイジング)国際協力に貢献するというもうひとつの挑戦が用意されたイベントで、日本では4回目の開催となる。
さて、コースは小田原の城山陸上競技場をスタートし、塔ノ峰、芦ノ湖畔、明神ヶ岳、大雄山最乗寺、足柄万葉公園、不老山、三国山を経て、山中湖畔に至る100キロ。
4月23日(金)9時、冷たい雨が降り続く中、170数チームがスタート。悪コンディションの中、今年はどんなドラマが待っているか?
昨年の大会で、フィフティーズというチーム(平均年齢55歳)で出場し、35時間足らずで完歩した私たちはサポート隊の有り難さを身に沁みて知っており、今年はサポート隊として100キロに挑む会社の同僚2チーム(ともに20代)のお世話をする事にした。

サポート隊は参加者の先回りをして、次のチェックポイント(CP)に着き、食事や着替えの段取りをし、参加者に気持ちよく100キロを完歩してもらうのが役割。
36キロ地点のCP4芦ノ湖キャンプ村ではコテージを借り、風呂と着替え、食事のうえ仮眠を取ってもらい、次の厳しいコースへ送り出す。
今回は前日からの雨の為、山道はドロドロで登り下りに思わぬ体力を消耗した様子。いつもよりもダメージが激しい。十分に仮眠を取ってもらい、夜11時過ぎにメンズチームが、真夜中2時過ぎにレディスチームが雨の降りしきる暗闇の道を出発。
CP5大雄山最乗寺は大変混雑するので、休憩せずに進み、CP6(64キロ地点)でサポート隊と合流。地元のボランティア特製の焼きそばや温かいモズクスープでホッと一息。サポート隊はプリンやメロンパンなど甘いものを用意してもてなす。足の肉刺の手入れやテーピングをして、次のCP7(80キロ地点)へ送り出す。今年は全体に時間が掛かっており、雨が上がってきたとはいえ、体力の消耗度合いが気に掛かる。道はまだまだぬかるんでいる筈。 CP7では風呂に入り、ストレッチを受け、サポート隊特製のパスタで夕食。メンズチームは17時20分頃に出発。案の定レディスチームは消耗が激しく、十分に休憩して19時20分過ぎ、真っ暗な中を送り出す。ラスト20キロは、最もアップダウンのきついコースで事前練習で体験済みとはいえ、心配である。天候の回復が唯一の救い、但し気温は時間と共に下がり、氷点下になる見込みであった。
感動のゴールは、2時過ぎと5時過ぎ。 今年はリタイアが多い中、我が2チームは困難を乗り超え、4人揃って無事にゴールイン。特にレディスチームのゴール時にはサポート隊も思わず涙ぐみ、感動のゴールとなった。ようやく快晴になり、2時過ぎには冴えきった空気に黄色い月と満天の星、5時過ぎには富士山に朝日が当たり、仄かにピンク色に染まり、山中湖に逆さ富士を見ることができた。本当にため息の出る程の美しさに感動した。

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ゴールデンウィーク真っ只中の5月4日みどりの日、春日部大凧マラソンに初参加。
東武野田線南桜井駅から歩いて約20分、大会会場までの無料バスも出ているが待つ人達の行列がすごい。ウォームアップを兼ねて歩くことに。大会参加者は昨年より2千人ほど増えて、初めて1万人を越えたとのことで、大混雑。ハーフに6千人弱、他に10キロ、5キロ、2キロの部があり、家族での参加者も多い様子。さて、この日は快晴で、暑過ぎるのが心配。10時8分に庄和総合公園脇からスタート。
いつものことながら、満員状態でなかなか走り出すことが出来ない。コースは市街地の中、南桜井駅を越えて南下し、折返し地点を経て、9キロ地点から江戸川の土手に入り北(上流)に向かう。
16キロ地点、春日部大凧祭り会場手前から下り、一般道を南へラスト5キロを庄和総合公園のゴールまで。一ヶ所、東武野田線の踏切を渡るので、もし電車が来れば、小休止しないといけない場面もある。
また、ゴールデンウィークということもあって、地元の方々の応援が大変熱い大会。大会運営も庄和体育館を全面的に選手の控え室、更衣室として準備し、貴重品預かり所も完備され、ランナーにとっては安心して参加できる大会と感じることができた。
暑さのせいか最初の給水所では給水が追いつかないほどだったが、その後は十分な給水体制で大勢の高校生ボランティアが対応してくれ、安心して走ることが出来ました。 
26-27度の暑さの中、熱中症で倒れるランナーも見かけられ、時折り救急車も登場。 私も夏マラソンでは30度を超える”富里すいかマラソン”など過去に経験したこともありますが、暑い日のマラソンでは無理をしないでペースダウンすることも大切。
私のこの日の目標は12時までにゴールする事。10キロ地点で52分20秒と好調ながら、暑さを考えて少しペースダウン。そのお陰で最後までへばることなく、まずまずのペースのままゴールすることが出来ました。
結果は、ネットタイム:1時間52分台でほぼ目標どおり。 ゴール後は同僚のゴールまで応援して、真っ赤に日焼けして帰ってきました。庄和総合公園では屋台も多く、食べ物、飲み物などアフターレースも充実し、みんなで楽しめる大会といえます。

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現在、COMING SOONになっているフットボールカテゴリーですが、2月には新商品がアップされます。申し訳ありませんが少々お待ちください。

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私は現在ルコックで名古屋グランパスなどの販促を担当している者で、今年から“ルコックとサッカー”をテーマにしたブログを寄稿することになりました。

私自身、中学、高校、大学とサッカーをやっていまして、ポジションはウィング(FW)、愛するプレイヤーは“ジョージ・ベスト!”(6年前にオールドトラフォード内のマンUミュージアムを訪れ念願のG・ベストコーナーを見て感動)。これで私の年代が大体わかりますよね。ですからこのブログも多少懐古的な内容になるかもしれませんが、ルコックファン、サッカーファンの方に気楽にお付き合い頂ければと思います。

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